2017-05-03

憧れを憧れのまま眠らせているほど自分を傷つけている。

過去の恥ずかしかった場面をイタズラに思い出して、ブルンと身震いすることってありませんか?
忘れてしまいたいはずなのに、頑固な油汚れのようにいつまでもそれは心にこびりついている。
僕にはあります。忘れたくても忘れられない恥ずかしかった場面が。

あれは高校一年生の時。バイトで初めて自分で稼いで貯めたお金でギターを買った。愛しくて愛しくて毎日クロスでボディー部分を拭き拭きしてウヘウヘハァハァしながら愛でていたのをよく覚えている。

現在も自宅で弾いているYAMAHA APX-6S。

中学3年生のときに兄の友人からお下がりのギターをもらって練習をしていたので、下手は下手なりに簡単なコードの曲ならそれっぽく弾けるようになっていた。

「よしLiveをやろう!」高校一年生の僕はギター片手に立ち上がる。

目を閉じれば、この狭い4畳半の部屋も横浜アリーナに思えてくる。割れんばかりの大声援。観客は今か今かと僕の登場を待っている。気分はすっかりナガブチツヨシだ。
テレビカメラがステージに向かう僕を背後から撮影している。聞こえるのはカタカタという足音とドクンドクンと飛び上がるノミの心臓音。

真っ暗なステージに辿り着くと、スポットライトが僕を追いかけてくる。マイクスタンドを汗ばんだ手で握る。
当然、4畳半のこの小さな部屋にマイクスタンドはない。室内灯のスイッチ紐、その先っぽの指先で摘まむところをマイクに見立てている。そして僕は叫ぶんだ。

「アリーナ元気〜〜〜〜〜〜!!」と。

2〜3曲を弾いただろうか。強烈にノドが乾いている自分に気がついた。水分補給が必要だ。僕はステージ(と想定している方角)から背を向ける。

と、そこには今日いないはずの母親が残念な子を見るように「・・・」と僕を凝視していた。
「きゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ(恥)」だ。

僕の実家は団地暮らし。そして僕は2人兄弟の次男坊。当然、個室なんて与えられるわけもない。パーソナルな場がない僕は家族の共有スペースでLive(ごっこ)をしていたんだ。こんな一人遊びが大好きだった。実家を離れ、一人暮らしをすることなく結婚生活に突入し、子供にも恵まれたので、今でもやはり自分だけのパーソナルスペースというものは存在しない。

この時の「・・・」という顔をした母親と目が合った瞬間のことをよく思い出す。恥ずかしさの裏に隠れた感情として、そこには常に憧れが見え隠れしていた。自分だけの場所が欲しいという憧れが。

憧れを憧れのまま眠らせていていいのだろうか?このままでは自分を傷つけ続けるだけではないのだろうか。

最近、自宅の近所に仕事の作業部屋を借りた。

これも憧れだったロフト。

いや、作業部屋じゃない。「アトリエ」といったほうが、自分の憧れ度数をビンビンに満たしてくれる。そこに意味はなくとも響きは大事だ。何事も意味なんて後付けで構わない。それよりもスピード感を大切にしたい。

最近は自分の弱さゆえ、人の顔色ばかり伺っていた。誰のせいでもない。ならば一人になれる静かな空間を手に入れて、仕事に集中したり企画を練ったり、こうして文章を書けるスペースが必要だと判断した。

帰ろう。いや、戻ろう。一人遊びが好きだったあの頃に。

そして僕はこの部屋で叫ぶんだ。

「アリーナ元気〜〜〜〜〜〜!!」ってね。

 

話のオチとして、この建物は楽器厳禁です(笑)

皆さんどうですか?憧れを憧れのまま眠らせていませんか?

小さな一歩でいいじゃないですか。昨日とはちょっと違う今日であれば。少しずつでも自身の憧れに近づけるのならば。

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