2017-03-10

File♯001 映像作家_立岡未来【前編】

日常のふとしたスキマに飛び込む映像。
それは街頭で流れているミュージックビデオであったり、TVCMであったり、ショートムービーであったり、シーンはそれぞれあれど、目ではなく心に飛び込む映像は時が経っても深く心に残っているものだ。
何度も観て同じシーンで笑ったり唸ったり感心したり、ヒトの心をすっかり掴んで離さない、そんな映像を作る人がいる。

それが今回の主人公、映像作家の立岡未来さんだ。「自分が面白いと思うものを作る」こだわりを持つ、そんなナリワイ人だ。

立岡未来さんが監督・脚本を担当した作品「Memory」が第3回丹後映像フェスティバルでグランプリを獲得。

毎日がチャレンジングなことだらけです。

チャンスをモノにできれば自宅で小躍りし、失敗すれば凹んだりとアドレナリンを乱高下させつつ、チャレンジングな日々を過ごしている。仕事のジャンルに捉われず、ワクワクを共有できる人達と出会い、関係性を深めながら見識を広げることを忘れない。

「こんなに自由でいいのかな~」と人懐こい笑顔で、仕事が好きでどんなに働いても苦にならないという立岡さん。

そんな立岡さんは、どんなきっかけで今のナリワイと出会ったのだろう。

 

とにかく怒られまくって眠れなかった会社員時代。

大学を卒業した立岡さんは編集プロダクションへ入社し、主に情報誌の編集を担当し、相当鍛えられたという。
自分が執筆した記事にはことごとく修正が入り、徹夜でOKをもらってそのまま早朝から取材、夜に戻って朝まで怒られながら記事を書く。

そんな日々を若さと体力で乗り越え、次に携帯電話会社の営業管理職へと転職する。

転職先では徹夜で仕事をするような労働環境ではなかったが、強いて言えば「毎朝決まった時間に会社に行くのがつらかった」と当時を振り返る。

「朝が弱いから(笑)」がその理由だそうだが、立岡さんの「自由さ」はその頃から片鱗が見えていたのかもしれない。

そんな時、立岡さんに大きな転機が訪れることとなる。

 

「自分が面白いと思ったことは面白い」と自信を感じることができた。

会社員を辞めるきっかけとなったのは脚本家の秦建日子(はた・たけひこ)さんのワークショップへ参加したことだった。

最終日の飲み会の時に秦さんから「将来ドラマの脚本家としていきたいなら会社を辞めないとダメだよ」とアドバイスをもらい、思い切って退路を絶った。会社を辞めたあと「え?本当に辞めたの?」と秦さんから言われたという(笑)。

そんな思い切った行動とは裏腹に脚本家としては芽が出なかった立岡さんだが、よしそれならばと映像制作へと舵を取り、短編映画を「丹後映像フェスティバル」へ出品し、見事にグランプリを獲得した。

その後、ワーナーミュージック・ジャパンが主催していたミュージックビデオのコンペにも出品し、そこでもグランプリと丹下紘希さんの賞を見事に受賞。

Heavenstamp Music Video Competition2012 グランプリ&丹下紘希賞。

『立岡くんは変態で面白い。いわゆる王道のような作風で進むことはできないかもしれないけど、将来日本の映像界を背負って立つような存在になると思う』

そんな言葉を丹下紘希さんから頂いた。

この言葉で立岡さんは「自分が面白いと思ったことは面白いんだ」と自信を持つことができ、「この世界でとことんやろう!」という気持ちをもってナリワイの道へと歩み始めたのだった。

>>【後編】に続く。

【ナリワイ人=facecookページ】で最新記事の更新をお知らせしていきます。

立岡未来

1983年 神奈川県生まれ。 映像制作団体・PlatinumTigerの代表を務め、ショートフィルム、MV、バラエティ番組など様々なジャンルで映像作家・脚本家として活動。また映像を通して八王子市の町興し活動も行なっており、J:COM八王子の番組【恋する八王子彼女―ハチカノー】の起案&制作や、八王子ShortFilm映画祭の立ち上げにも関わる。

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