2017-06-01

売れないミュージシャンでロックな生活を送ってた彼が選んだ道はパン屋さん【前編】

おっぱいの嫌いな男はいない。
しかし公の前で発言するにはちょっと勇気がいる。
実名のSNSならなおさらの事。発言は未来永劫世界に配信されっぱなしだ。
それでもこの男は文末に必ずこう記すであろう。
「おっぱい」と。
その勇者たる男の名は「せーたん」
40年続くパン屋のオーナーであり、商店街の顔役であり、そして「船橋の人気者」である。

アーノルドフジ・タカムラ

『わたくし、パン屋です。パンの製造販売をしています。実家が40年続いたパン屋です。一日中パンツ食ってます。違った、パン作ってます』

「発酵中」というTシャツをチラつかせ、体も若干発酵しているパン屋さんの名は「高村清太郎」さん。

アーノルドフジ・タカムラ

船橋市で古くから知られている芝山団地商店街で40年続く老舗パン屋「アーノルドフジ・タカムラ」の跡取り息子である。

アーノルドフジ・タカムラ
高村さんにはパン屋の仕事の他、芝山団地商店会の会長職、船橋宿場町再生協議会(FSK)副理事長などを兼任するちょっと一味違うパン屋なのだ。

この高村清太郎という男は一体どのようなナリワイ人なのだろうか?

 

子供の頃の夢は「パン屋2号」。フタを開ければ売れないミュージシャンでロックな生活を選んでいた。

子供の頃は「パン屋2号」を夢見ていた高村さん。ところがどっこい、大学在学中からミュージシャンになってしまい、なんだかイケそうな気がしたので就活もせず、卒業式もライブをしていたという。しかしそんなミュージシャン生活は決して順風満帆ではなかった。

「金ねえ。金ねえ。とにかく金ねえ」

ミュージシャンになったはいいが全く売れず、CDの制作費やツアー費用の為にアルバイトに明け暮れる日々。

「一番ひどかったのが静岡行った時で、客一人、CD売れても1枚、その売り上げを仲間で割って、さらに交通費、メシ代、機材費などいろいろ賄うから結局車で寝たり(笑)帰ってきてから借金が20万になってました」と当時を振り返る高村さん。

確かにひどい話だ。
しかもこんなことはよくある話で、ツアーから帰ってくると借金を抱え、それを返すためにバイトをし、借金がなくなったらCDを制作し、ツアーをしてのルーチン生活を10年くらい続けた。
そんな生活に見切りをつけ、裏方でアーティストを支える仕事することを決意した高村さんだが、転機は突然訪れるのである。

実家のパン屋が閉店の危機!!!せーたん故郷の芝山に舞い戻る!!次回に続きます。

※ ※ ※

 

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