2017-06-08

File#007アーノルドフジ・タカムラ_高村清太郎【中編】

四苦八苦しながらのバンド生活に見切りをつけ、裏方でアーティストを支える仕事することを決意した高村さんだが、転機は突然訪れた。【前編はこちらから】

アーノルドフジタカムラ

実家のパン屋が閉店の危機に陥り、故郷の芝山に舞い戻る。

「音楽会社の子会社に入って2秒くらいで母親が倒れて、半年寝込んで、パン屋休んで店締めるって話になったんですよね。給料も安かったし、このままだとパン屋を締めた両親を食わせられないから、オレがパン屋を継いだらハッピーかも?って考えたんですよ」

母親が病に倒れ、実家のパン屋がピンチになった事を知り、それをきっかけに音楽の世界から身を引こうと考えた高村さん。

音楽業界も下火になりかけ、高村さんが思い描く「いい音楽を作りたい」と思う熱意が通じる世界ではなくなってきていた事に潮時を感じ、昔から思い入れのあるパン屋で親孝行をしようと考えたのであった。

アーノルドフジタカムラ

創業40年。芝山団地商店街内にあるアーノルドフジ・タカムラ

子供のころに「パン屋2号店」を作りたいと思った息子が、そのパン屋を守るために故郷の芝山へ舞い戻る。これは芝山にとっても商店街にとっても船橋にとっても非常に有益であったとわかるにはもう少し話を進めないといけない。

 

地元に関われば関わるほど肩書ばかりが増えてゆく「パン屋のせーたん」

アーノルドフジタカムラ

パン屋に戻り、店の存続も決定したが問題は山積みだった。

半年間の休業も痛手となり、店の売り上げが悪く、地域のお客さんだけで維持できる状態ではなかった。

さらに間の悪い事に商店街に空き店舗が目立つようになっていた時代でもあり、商店街そのものへの客足が遠のいていたのだ。

自分が芝山団地商店街に戻ってきた時の事を高村さんはこう振り返る。

アーノルドフジタカムラ

「挨拶しても返ってこなかったり、お客さんが目合わせてくれなかったり。たまに話をできても「パン屋行かなくてごめんなさいね」となんかよそよそしい。そんなこと知ったこっちゃなく、こっちは懐かしくて声かけたのに、それができない商店街になっていたなんて信じられない」

お客のこないパン屋・・・そして活気のなくなった商店街の現状に愕然とした高村さんの元に高校時代の友人からミュージシャンとしての出演依頼が飛び込んできた。

「ふなきたフェスタ」という路上ミュージシャンと商店の活性にスポットを当てたイベントだった。

実はパン屋を続けながらもロックは捨てきれず路上ライブをしていた高村さん。

快くOKして実行委員に参加したところ、なんとそこで実行委員長を引き受けてしまった。

さらに同じころ、芝山団地商店会でもひと悶着あり、商店会が消滅するというピンチに陥った。

高村さんは商店会の存続に立ち上がり、消極的だった店舗の人たちを説得するべく、全店舗を何週も何週も説得に回り、ついには自ら会長を引き受け、芝山団地商店会会長に就任したのだった。

芝山団地商店街100円商店街

この決断が、のちに大きな成長へと結びつくこととなる。

【つづく】

【前編はこちら】

 

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