「北の国から」黒板五郎に学ぶ額面以上の価値を持つお金と信頼の育て方とは?


1981年にテレビ放送がはじまったドラマ「北の国から」は、主人公の黒板五郎が子どもたちと共に故郷の北海道で生活する様を描いた物語です。

電気はもちろん、ガスや水道もない古びた民家で生活することになり、北国育ちの五郎には懐かしくても、東京育ちの子どもたちには少々コクだったかも知れません。決して要領が良いとは言えないけれど実直で人間味あふれた五郎のまわりには情に熱いたくさんの人が集まって来ます。

黒板五郎と多くの人々とが交わることで「北の国から」のストーリーは展開され、幅広い視聴者に「ナリワイの極意」とも言える問いかけが随所に散りばめられ、ドラマに深みを与えます。

「北の国から」で人生の極意を学びましょう!

 

額面以上の価値を持つお金がある。

黒板五郎の生き様を感じられる有名なシーンの1つに、五郎から手渡された封筒の中に泥の付いた一万円札が入っていて、それを見つけた純が慌てて泥を拭おうとする場面があります。

子どもからすれば泥で薄汚れた一万円札は恥ずかしいものとして映るのですが、稼ぐ大変さを知っている大人は、どんな思いで五郎が持たせたのかを考えます。

出典:s2.dmcdn.net

「北の国から」のファンの中にも、このシーンをよく覚えている人は多いはずで、本来はどんな一万円札も価値に変わりはないけれど、そこで関わる人によって額面以上の意味を持つことがあることを改めて教えられます。

たくさんのお金があれば、もしかすると黒板五郎は故郷にさえ戻らなかったのかもしれません。自分の身の丈を分かっていたからこそ、不便を承知で故郷に戻り、ガスや水道、電気のない暮らしに身を置いたのでしょう。そんな黒板五郎の生き様からも、ナリワイの極意を読み取ることが出来そうですよね。

 


自然と人が集まってくる。嘘のない信頼を丁寧に育てる。

例えば、幸せをつかむためにはいくらのお金が必要なのでしょうか。これから独立してビジネスプランを立てる上で、その目標を決める時に五郎のナリワイの極意が参考になるはずです。

また彼の周りには自然と人が集まって「動機」が生まれたことにも注目しなければいけません。物語の展開とも重なりますが、五郎の言動に視聴者も癒されたり怒りを覚えたり、また問いかけに気づかされたりします。

ビジネスモデルを考える時にもマーケティングやコスト管理は成功に欠かせないキーワードとも言えますが、そこに人の動機や目的が芽生えなければ打算的な厚みのないものになってしまうでしょう。
その理由はさまざまでも人が関心を持って集まらなければ、新たな「動機」は生まれません。数値的な切り口だけにとらわれてしまうと、実はビジネスで欠かせない人の関心が薄れてしまうのです。

 

いま自分に何ができるか?常に自問する。

ある程度大きな資本があれば、ビジネスの入り口から出口までを作り上げることが可能です。もしも「北の国から」で行なっていれば、五郎がテーマパークやホテルを営む物語になっていたでしょう。

それでも物語の展開次第ではドラマチックな感動は生まれるのですが、「北の国から」で描かれたのは、限られたお金と知恵と出すことで成立する「ナリワイの極意」です。黒板五郎が見せた生き様が、多くのファンに愛され続けているのも、どこか泥くさく、もどかしくて放って置けない人柄だったからでしょう。

 

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